初詣へ [出かけました]
熱田神宮へ参拝に行って来ました
朝は最低気温が−1℃でしたが
午後からは比較的暖かかったので出かけたのですが、もの凄〜い人、人,人です
拝殿からは約150メートルの手前の所にあります御手洗から
30分程でようやく拝殿前へ到着できました
しかしここでは〝押しくらまんじゅう〟状態です
小さなお子さんがちょっとお賽銭箱を覗いてます。
やはり景気が悪いからでしょうね小銭ばかりが目立ちました〜,お札は千円札がちらっと見られる程度でした。
参拝を終えて境内の露店を見ながら外へ出て行くと普段は交通量の多い大津通りが
三が日は歩行者用に解放されています
名鉄神宮前駅に近づくと何やら音楽が聞こえてきました
通路の隅であやつり人形を操った女性がいました
暫く見入ってしまいました。
※コメント欄は閉じておきます
朝は最低気温が−1℃でしたが
午後からは比較的暖かかったので出かけたのですが、もの凄〜い人、人,人です
拝殿からは約150メートルの手前の所にあります御手洗から
30分程でようやく拝殿前へ到着できました
しかしここでは〝押しくらまんじゅう〟状態です
小さなお子さんがちょっとお賽銭箱を覗いてます。
やはり景気が悪いからでしょうね小銭ばかりが目立ちました〜,お札は千円札がちらっと見られる程度でした。
参拝を終えて境内の露店を見ながら外へ出て行くと普段は交通量の多い大津通りが
三が日は歩行者用に解放されています
名鉄神宮前駅に近づくと何やら音楽が聞こえてきました
通路の隅であやつり人形を操った女性がいました
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暫く見入ってしまいました。
※コメント欄は閉じておきます
お〜っ!やっとかめだなも [出かけました]
お伊勢参りです [出かけました]
お伊勢参りです その2
外宮からバスに乗った途端に渋滞に遭いおよそ40分程かかってようやく内宮前へ到着しました
宇治橋前はおかげ横丁からも出て来た人達と合流する為でしょうか更に大賑わいです
混雑しながらも宇治橋を渡り参道を暫く歩きますと右側に御手洗場があります
その奥へ行き斜面を降りて行きます所には五十鈴川があります
河岸に大きな鯉がいるはずなのですが・・・ 大勢の人で騒々しいからでしょうか?鯉を見つける事が出来ませんでした
代わりに川底には小銭がありました、参拝客が投げ入れたのでしょうね?。しかし、立て札にはお金は投げ入れないで下さいの注意書きがありますよ。
この川岸の石畳は、元禄五年(1692)徳川綱吉将軍の生母、桂昌院が寄進したものといわれています。
この御手洗場の本来は禊(みそ)ぎの為に参拝の前に身を清めた場所だそうです。
現在では清流の水で口をすすぎ、手を洗い清める所になっています
ここからは暫く行きました神楽殿の前当たりからは長〜〜い行列が出来ていて正殿までは1時間以上もかかってしまいました。写真を撮る気力も無くなる程に疲れてしまいました と言いますか、不思議と気持ちも厳かになりますね。そんな訳でカメラを構える気も起きませんでしたので写真はありません,あしからず
正殿へ参拝の後は混雑を避ける為に正殿裏側へ廻ってみたら
天照大御神の荒御魂を祀っている別宮がありました。
困った時に助けてくださる神様、長生きさせてくださる神様だそうです。
間もなく架け替え工事に掛かる宇治橋です
今は帰りに渡ります仮橋から全体が見られます
右の方へ行けばおかげ横丁なのですがもう身動きが取れない程の人でしたから
そのまま国道23号線を北へ歩いて行く事にしました
方位除・災除・地鎮・事業繁栄・交通安全の神様を祀った猿田彦神社です
ここから参宮街道を歩いて伊勢市駅まで戻る事にしました
明日に続く
宇治橋前はおかげ横丁からも出て来た人達と合流する為でしょうか更に大賑わいです
混雑しながらも宇治橋を渡り参道を暫く歩きますと右側に御手洗場があります
その奥へ行き斜面を降りて行きます所には五十鈴川があります
河岸に大きな鯉がいるはずなのですが・・・ 大勢の人で騒々しいからでしょうか?鯉を見つける事が出来ませんでした
代わりに川底には小銭がありました、参拝客が投げ入れたのでしょうね?。しかし、立て札にはお金は投げ入れないで下さいの注意書きがありますよ。
この川岸の石畳は、元禄五年(1692)徳川綱吉将軍の生母、桂昌院が寄進したものといわれています。
この御手洗場の本来は禊(みそ)ぎの為に参拝の前に身を清めた場所だそうです。
現在では清流の水で口をすすぎ、手を洗い清める所になっています
ここからは暫く行きました神楽殿の前当たりからは長〜〜い行列が出来ていて正殿までは1時間以上もかかってしまいました。写真を撮る気力も無くなる程に疲れてしまいました と言いますか、不思議と気持ちも厳かになりますね。そんな訳でカメラを構える気も起きませんでしたので写真はありません,あしからず
正殿へ参拝の後は混雑を避ける為に正殿裏側へ廻ってみたら
天照大御神の荒御魂を祀っている別宮がありました。
困った時に助けてくださる神様、長生きさせてくださる神様だそうです。
間もなく架け替え工事に掛かる宇治橋です
今は帰りに渡ります仮橋から全体が見られます
右の方へ行けばおかげ横丁なのですがもう身動きが取れない程の人でしたから
そのまま国道23号線を北へ歩いて行く事にしました
方位除・災除・地鎮・事業繁栄・交通安全の神様を祀った猿田彦神社です
ここから参宮街道を歩いて伊勢市駅まで戻る事にしました
明日に続く
お伊勢参りです その3 [出かけました]
猿田彦神社を参拝後に参宮道を歩きました 外宮と内宮へ参る尾根伝いの山道です
神社のすぐ横の急な長い坂道を登っていきますと途中には
大きな灯籠がありました
もう少し歩きますと桜木地蔵の案内板が有り,ちょっと寄り道です
名の由来は、大きな桜の木の下にまつられていたからだそうです
再び街道へ戻ります
伊勢市古市参宮街道資料館がありました
しかしお正月で休館でした
街道沿いに遊廓地として賑わったこの辺は江戸の吉原、京都の島原と並んで三大遊郭の一つでした。おかげ参りなどで賑わい、『参宮客の精進落としなどと称し 』、お楽しみの場として、歓楽街として……活気に満ち溢れていたそうです
また暫く行きますと古風な建物がありました
旅館麻吉 江戸時代末期の旅館です。
山の斜面をうまく利用した『懸造り』、木造5階建てで廊下で結ばれていて玄関は、4階になります
国の有形文化財になっています
当時の遊郭の一つ油屋跡の石碑です
歌舞伎「伊勢音頭恋寝刃」は油屋で起きた殺傷事件を舞台にした所です
この辺りからは下り坂になり足取りも軽快に
所々には未だ古い建物も残されています
ゆっくり歩いていた訳では無いのですが、古市の入り口である小田橋へ着いた時はもう夕暮れになってしまいました
伊勢市駅はJRと近鉄が 同じ駅舎なんですよ〜
これでお伊勢参りはおわりです
この後は早く帰る事情がありまして近鉄電車で無事名古屋へ帰って来ました
神社のすぐ横の急な長い坂道を登っていきますと途中には
大きな灯籠がありました
もう少し歩きますと桜木地蔵の案内板が有り,ちょっと寄り道です
名の由来は、大きな桜の木の下にまつられていたからだそうです
再び街道へ戻ります
伊勢市古市参宮街道資料館がありました
しかしお正月で休館でした
街道沿いに遊廓地として賑わったこの辺は江戸の吉原、京都の島原と並んで三大遊郭の一つでした。おかげ参りなどで賑わい、『参宮客の精進落としなどと称し 』、お楽しみの場として、歓楽街として……活気に満ち溢れていたそうです
また暫く行きますと古風な建物がありました
旅館麻吉 江戸時代末期の旅館です。
山の斜面をうまく利用した『懸造り』、木造5階建てで廊下で結ばれていて玄関は、4階になります
国の有形文化財になっています
当時の遊郭の一つ油屋跡の石碑です
歌舞伎「伊勢音頭恋寝刃」は油屋で起きた殺傷事件を舞台にした所です
この辺りからは下り坂になり足取りも軽快に
所々には未だ古い建物も残されています
ゆっくり歩いていた訳では無いのですが、古市の入り口である小田橋へ着いた時はもう夕暮れになってしまいました
伊勢市駅はJRと近鉄が 同じ駅舎なんですよ〜
これでお伊勢参りはおわりです
この後は早く帰る事情がありまして
親睦旅行で出かけま〜す [出かけました]
親睦旅行で〜す その1 [出かけました]
親睦旅行で〜す その2 [出かけました]
親睦旅行で〜す その3
今朝の名古屋は雪が舞っていて寒いです
タイ旅行記 出発です [出かけました]
1月8日の午後からタイへ向けて出発です
家からは車で中部空港へ
、時間に余裕を持って到着しました 荷物を預けた後に搭乗時間までスカイデッキへ出て待つ事に
変わった形をした飛行機を見つけました
胴体が〝メタボ〟の様です
インターネットで調べましたらボーイング社製747を改造した貨物機「ドリームリフター」でした。
この飛行機は世界で最もみにくい飛行機と言われているそうです
そして我々が乗ります飛行機(エアバスA330)も荷物の積み込み等で準備中でした
離陸後暫くして窓の外を見ますと
綺麗な夕陽と雲海が見えました。
そして離陸後1時間程で早くも夕食です
全て呑み食べて満腹になりました 御馳走様でした
暫くの間うたた寝ていると「香港に間もなく到着します」のアナウンスがあり
ふと窓の外を見ますと綺麗な香港の夜景が見えてきました
上空からの夜景も綺麗でした〜、
今回は予算も厳しい為に安い方法での渡航の為に香港乗り継ぎで行く事になったのです。
乗り継ぎ便も定刻通りにバンコクへ深夜0時頃(日本時間2時)に到着、それから約1時間かけて無事にホテルへ入りました
では・・・お休みなさい
家からは車で中部空港へ
、時間に余裕を持って到着しました 荷物を預けた後に搭乗時間までスカイデッキへ出て待つ事に
変わった形をした飛行機を見つけました
胴体が〝メタボ〟の様です
インターネットで調べましたらボーイング社製747を改造した貨物機「ドリームリフター」でした。
この飛行機は世界で最もみにくい飛行機と言われているそうです
そして我々が乗ります飛行機(エアバスA330)も荷物の積み込み等で準備中でした
離陸後暫くして窓の外を見ますと
綺麗な夕陽と雲海が見えました。
そして離陸後1時間程で早くも夕食です
全て
暫くの間うたた寝ていると「香港に間もなく到着します」のアナウンスがあり
ふと窓の外を見ますと綺麗な香港の夜景が見えてきました
上空からの夜景も綺麗でした〜、
今回は予算も厳しい為に安い方法での渡航の為に香港乗り継ぎで行く事になったのです。
乗り継ぎ便も定刻通りにバンコクへ深夜0時頃(日本時間2時)に到着、それから約1時間かけて無事にホテルへ入りました
では・・・お休みなさい
タイ旅行記 ナコンパトム、プラ・パトム・チェディへ [出かけました]
今回の旅行で唯一の観光 予算も無〜いになりましたカンチャナブリ、までの様子です
バンコクからの現地ツアーを申し込みました
マイクロバスに揺られて1時間30分程で
最初に着きましたのは、ナコンパトムのプラ・パトム・チェディです
↑ この方はツアーガイドさんです
ナコンパトムはバンコクの西約60㎞のところに位置しています。
「ナコンパトム」の地名の由来は「最初の都」を意味するようです。インドシナ半島で初めて仏塔を建て、最初に仏教が伝来した地とされています。
プラパトムチェディ寺院には、高さが127メートルの世界最大の仏塔が在る事で有名です
地元の人でしょうか?お祈りをしている姿が見られました。
1870年に完成した仏塔では丁度,改修工事中で仮設足場が架かっていました ・・ちょっと気になりまして・・よーく見てみましたら
軽快に足場を昇って行く作業員の姿が見えます 怖くないのでしょうか?
塔のてっぺんにも防護ネットが有りませんよ〜
殆どは単管だけです 見ているだけでも恐怖感が〜〜
塔の廻りをぐるりと一周すると、数多い仏像が有りました。寝釈迦仏にも出会えました
牛に乗った仏様もいらっしゃいました
塔の改修工事に使う為のセメントとタイルの寄進を募っていました。
タイルの裏には名前を書いてくれるそうです、日本の寺院と同じですね。
寺院の外へ出てみますと
見た事がない変わった形をした竹箒の様な物で掃除をしていました
通勤時間かな?
トラックの荷台にイスの付いた乗り物には大勢の人が乗っていました。
バイクに乗った人も多く見受けられました。
失敗談 この時,Tシャツ1枚で出かけた私はとても寒くてたまりませんでした。油断しました
タイでも今が一番寒い時だそうです、朝晩には薄手の上着が必要でした〜。
この後はカンチャナブリ戦争博物館へ向かいます。
バンコクからの現地ツアーを申し込みました
マイクロバスに揺られて1時間30分程で
最初に着きましたのは、ナコンパトムのプラ・パトム・チェディです
↑ この方はツアーガイドさんです
ナコンパトムはバンコクの西約60㎞のところに位置しています。
「ナコンパトム」の地名の由来は「最初の都」を意味するようです。インドシナ半島で初めて仏塔を建て、最初に仏教が伝来した地とされています。
プラパトムチェディ寺院には、高さが127メートルの世界最大の仏塔が在る事で有名です
地元の人でしょうか?お祈りをしている姿が見られました。
1870年に完成した仏塔では丁度,改修工事中で仮設足場が架かっていました ・・ちょっと気になりまして・・よーく見てみましたら
軽快に足場を昇って行く作業員の姿が見えます 怖くないのでしょうか?
塔のてっぺんにも防護ネットが有りませんよ〜
殆どは単管だけです 見ているだけでも恐怖感が〜〜
塔の廻りをぐるりと一周すると、数多い仏像が有りました。寝釈迦仏にも出会えました
牛に乗った仏様もいらっしゃいました
塔の改修工事に使う為のセメントとタイルの寄進を募っていました。
タイルの裏には名前を書いてくれるそうです、日本の寺院と同じですね。
寺院の外へ出てみますと
見た事がない変わった形をした竹箒の様な物で掃除をしていました
通勤時間かな?
トラックの荷台にイスの付いた乗り物には大勢の人が乗っていました。
バイクに乗った人も多く見受けられました。
失敗談 この時,Tシャツ1枚で出かけた私はとても寒くてたまりませんでした。油断しました
タイでも今が一番寒い時だそうです、朝晩には薄手の上着が必要でした〜。
この後はカンチャナブリ戦争博物館へ向かいます。